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USCPAを受けてみて その②

ここのところ休日が長く感じられる。USCPAの勉強をしていたころは常に焦燥感があり、ゆっくりできるはずの週末も落ち着いた気分になることが少なかった。今は好きなだけ好きな本を読み、Netflixを見たりして過ごしている。ここ2~3年、電車にのっているときは、いつもテキストを読んだり問題を解いたりしていた。今はぼんやりと電車の窓から外をながめ、移り行く景色を楽しんだりしている。

CPA Examination ServicesよりCongraturatory Letterと呼ばれる正式な合格通知が木曜日に届いた。最後の科目の試験が1月上旬だったから試験完了から合格通知の受領まで約3か月もかかった。スコアレポートだけだとなんとなく終わった感じがしなかったが、合格通知がくると安心する。本当に終わったのだと。

改めて総括してみるととてもユニークな試験だった。全部コンピュータ受験だったり、一人一人に違う問題がでたり、難易度が変化したりだ。一番やっかいだったのが、テストを受けている最中にそれまでの正答率でコンピュータ側が問題の難易度を調整している点だ。手ごたえがあったときほど点数が悪く、出来が悪いと感じたときは高得点だったりするので試験が終わっても結果がでるまで、もやもやが消えない。

あとUSCPAは客観的な指標で難易度を設定することが困難なテストだ。よく難易度の話がでてくるが、結論としては難易度は受験する人によるとしか言えないだろう。その人のバックグラウンドによって通常の試験よりも極端に難易度の感じ方が変わるように思う。予備校などのサイトでUSCPAについて調べるとよく以下のような記述が目につく。

①1,000時間、一日2~3時間の勉強を1年~1年半で合格可能

②問題が素直でやさしい

③難しい英語は使われない

④合格率は40~50%

どれも嘘ではないが誰にでもあてはまるわけではないという点でこういう商売の巧妙さを感じた。いずれも前提条件がおそらく意図的に取り除かれている。より正確に伝えようとすると以下のようになるだろう。

①(TOEICほぼ満点、ものすごく地頭がいい、高度な会計・ビジネスの知識がすでにある場合)1,000時間、一日2~3時間の勉強を1年~1年半で合格可能

②(膨大な量があるけれども)問題が素直でやさしい

③(非常にわかりずらい言い回しが多いが)難しい英語は使われない

④(大学/大学院で会計を専攻しており、英語Nativeのアメリカ人の)合格率は40~50%

①については、会計・ビジネス知識はなかったもののTOEIC900点以上で簿記2級も取得していたが、勉強を開始してみるととても1,000時間で終わるようなものではないことがすぐにわかった。日本人でこの試験を1,000時間で合格する層は一定数はいるのだろうがおそらくマジョリティではないだろう。

②については、たしかに難問奇問はでない。簿記2級なんかと比べても問題自体はそれほど難しくはない。ただ試験範囲が広範にわたり量が非常に多い。1科目の問題集が1000~2000問もあったりする。問題集を1周やっただけでは通常の受験生はまず受からないだろうから、何周かすることになる。そうすると1科目につき、予備校の講義をうけてテキストを読み込んだあと、数千問の問題を解くことになるわけで作業ボリュームとしては非常におおい。USCPAに関しては1問1問の問題が難しいかどうかといった尺度でみてもあまり意味がないような気がする。

③については、文学や哲学のような難解な言い回しの英語は確かにでない。たしかにでないが、平易な表現だからわかりやすいかというとそうでもなかったりする。特にAuditやRegulationのBusiness Lawは計算問題はいっさいでず、各選択肢の微妙なニュアンスの違いから正解を選択しなければならない。試験は大学または大学院をでたNativeのアメリカ人を想定して作成されている。それらのアメリカ人が微妙だと思うようなニュアンスで書かれた英文を非Nativeの日本人が解読する必要があるわけだから、英文自体は平易かもしれないが簡単かどうかといわれると首をかしげざるを得ない。

④についても確かに嘘は言っていない。AICPAの資料でもUSCPAの受験者の各科目の合格率は約50%だ。2人に1人は受かる試験というとすごく簡単なテストのような気がしてくる。してくるが、実際に受けてみてそれほど能天気なテストではないことは身に染みてわかった。試験を受ける条件として多くの州が150以上の単位と一定数の会計・ビジネス単位を要求している。それはとどのつまり、試験自体がある一定の専門知識をもった層を対象にしていて、英語がNative並の大学院レベルの知識をもったアメリカ人を対象としているということではないだろうか。しかも一回の試験が2~3万円するわけで、冷やかしでうける人たちもいないだろう。こうして考えると、ある程度事前に準備をして試験に望んだ、会計・ビジネスの教育を大学で受けていたアメリカ人が受けても半分しか受からないともいえる。日本人が受ける場合、50%の合格というのはあまりあてにならない気がする。

いろいろ書いたが重箱の隅をつつくような問題はでず、コツコツやれば誰でもいつかは受かるとてもフェアな試験だと思う。ただ日本においては実際以上に合格までに必要な努力の量が低く見積もられていて、勉強開始後に悩む人が多いのではないかと思う。ものすごく難しい試験ということはないが、1~2年ちょろっと勉強して受かるようなものでもない。しかも人によって難易度の感じ方に大きな差があるだろう。不思議なテストだったというのが終わってみた感想だ。

タックス・ヘイブンとタックス・イーターを読んでみて

前から気になっていた2冊の本を今週読み終えた。岩波新書の『タックス・ヘイブン』と『タックス・イーター』という本だ。

USCPAの勉強をするまでは、買い物をした際の消費税や自分が勤めている会社がどのような税金対策をしているかについては全く考えたことがなかった。100円を払えば当たり前のように8円を税金としてとられ(平成29年現在)、毎月の給料からはかなりの額の税金がひかれている。人が年老いていくのと同じように、日常生活において”税金”とよばれる国家への上納金が発生することをまるで自然現象のようにとらえていた。そもそも税金というとなんの面白みもない事務作業、江戸時代の年貢のようなイマイチなイメージしかもっていなかった。

はじめて上述の2冊の本を手にした際、その表紙のデザインが岩波新書の白と赤のスタンダードな表紙であったことから学術書っぽい感じの印象を受け一瞬ひるんだが、読んでみると非常に明快でわかりやすかった。我慢して読む類のものではなく一気に引き込まれる内容の本だった。

全世界において生活の隅々から有無をいわさず徴収されている天文学的な額の税金をめぐり、国家や地球レベルでどのようなことが発生しているかが非常に興味深くかかれてあった。AppleAmazonなどの多国籍企業が租税回避の疑いでたびたびニュースになっている。話題としてはよく聞くが実際にどうやって回避しようとしたのかやその背景についての情報はあまり報道されず何となくやきもきしていた。単にお金持ちの会社が法人税を節約しようとして悪事を働いているといった単純な構図ではなく、その背後には生き残りをかけた各国の思惑であったり、経済のグローバル化やIT化による経済活動の質の変化が背景にあることがよくわかった。各国の法律やルールは国境をこえることはできないが、お金は国境をたやすく超えることができる。その点をついた多国籍企業による租税回避や各国によるお金の呼び込み合戦が生々しくて描かれていて面白かった。まったく同じ経済活動をやっているのに売上をたてる国によってとられる税金が全然違うのであれば、より有利な国に売り上げをつけかえたくなるだろう。国によって巻き上げられる税金がタックスイーターで描かれているような使われ方をしているのであればなおさらそう思うだろう。

私のような庶民の人生のあらゆる局面から掠め取った巨額の税金が国家によって不明瞭のまま蕩尽され、毎年のように天文学的な借金が増えている。富裕層や大企業は、法律は国境を超えられないがお金は国境を超えられるという仕組みを利用し国家におさめる税金をなるべく避けようとする。資源や強い産業がない国はそうした租税回避をおこなう富裕層や企業を呼び込み巨額のお金を取り込む。国家のインフラを支える負担は庶民に押し付けられ富裕層や大企業はタックスヘイブンに富を蓄積していく。昨今、世界的な貧富の差が話題になるがこうした仕組みも関係しているのだろうか。全世界で統一された税に関する仕組みができればこうした状況も改善するのかもしれない。が、諜報機関が暗躍し各国の思惑が三すくみ状態となっているような現状では夢物語のような気もする。

このような状態がつづくのであればどの国に所属するかよりもどの多国籍企業に所属できるかが今後全世界の庶民にとって重要になっていくのかもしれない。

USCPAを受けてみて その①

あれは6年近く前だろうか。東日本大震災があった直後くらいの時期だ。当時、とある企業でシステム導入支援のような作業を行っていた私は、ふいにUSCPAを受験しようと思い立った。いまとなっては明確な動機が思いだせないが、英語の勉強にもなるし1~2年で終わりそうだしという気軽な気持ちだった気がする。2017年1月に最後の科目を合格し受験が終わったわけだがその経過と感想を書いてみる。

まずUSCPAは、FAR(財務会計)、BEC(企業経営環境・経営概念)、AUD(監査及び諸手続き)、REG(諸法規)の4科目から構成されている。このあたりの情報はアビタス、TAC、プロアクティブなどの受験予備校のホームページで詳細が記載されている。これらの科目を18か月以内に全て合格すると科目合格となる。合格点は75点となっており、AICPAのサイトによると2016年は45%~55%程度の合格率のようだ。2011年からは日本での受験が可能となっている。

合格までに10回受験した。FARが2回、BECが3回、AUDが2回、REGが3回だ。勉強していたころ、USCPAについて書かれているいろいろなブログなどを読み漁った。BECを難しいと感じる人が多い印象をうけた。私の場合、最後にうけたREGがぶっちぎりで一番苦しんだ科目だった。予備校に通信講座の手続きにいった頃は、まだ余震が続いていた時期で、予備校で入学手続きをしている時もすこし大きな地震が発生し、事務の人が不安そうな表情をしていたことを覚えている。2011年に入学をしたものの、タイミング悪く仕事が忙しくなり、また婚活・結婚などのイベントもかさなり、結局最初の受験ができたのが2013年11月となってしまった。下記、その後の受験とテスト結果だ。

2013年11月 FAR 60点台後半で不合格

2013年11月 BEC 70点台前半で不合格

2015年4月   BEC 70点台前半で不合格

2015年7月   BEC 70点台後半で合格

2015年10月 AUD 60点台後半で不合格

2016年2月   AUD 70点台後半で合格

2016年4月   FAR  80点台前半で合格

2016年8月   REG  50点台前半で不合格

2016年11月 REG  60点台後半で不合格

2017年1月   REG  80点台後半で合格

順番としてはBEC→AUD→FAR→REGの順で合格している。個人的に感じた難易度はREG>BEC>AUD>FARだ。REGは当初かなり甘く見ており、最初の試験ではじめての50点台をたたきだしてしまった際は目の前が真っ暗になった。もしかしたら受かっているかもなどという甘い期待をしながら、合格発表の日に会社のトイレでスマホから点数を確認したときに表示された点数をみて、文字通りしばらく何も考えられない状態となったことを覚えている。かなり勉強してのぞんだ2回目のREGも60点台で不合格となり、もう合格は無理かもしれないと試験をやめようかと思うくらいに追い込まれた。最初に合格したBECのExpireまであと2日というタイミングだったこともあり、正月休みをほぼ勉強にあててのぞんだ3回目のREGでようやく合格したときは思わず涙目になってしまうくらい嬉しかった。BECは試験範囲があいまいで1回目、2回目ともにぎりぎり不合格となり、3回目でようやくぎりぎり合格した。管理会計は範囲が明確でとっつきやすくITは本業がシステムエンジニアなので問題なかったが、EconomicsとCorporate Governanceは予備校の授業とテキストだけでは理解できず、いろんな本を読み漁った記憶がある。

勉強中にもっとも印象にのこったのが、受ける時期によって受かりやすさが違うのではないかという誰かの指摘だ。Another71というアメリカの受験生のコミュニティサイトがある。受験勉強期間中たまに目を通していたのだが、そこに書いてあったのかな。いまとなっては思い出せない。だれかのブログだったような気もする。USCPAの試験は、年4回、Q1(1月と2月)、Q2(4月と5月)、Q3(7月と8月)、Q4(10月と11月)に受験できる。優秀な成績でこの試験を突破する人たちをイメージすると、会計専門の大学院を卒業し会計事務所で働きながら受験しているアメリカ人たちをイメージできる。そうした人たちはおそらく本業がいそがしいQ1の時期の受験は避け(アメリカの企業は12月決算がおおい。監査・税務が3月ごろまで忙しい)、それ以外の時期に受験するので、Q1は比較的受かりやすいのではないかという指摘だ。AICPAの合格率だけみると受験時期によって合格率にはほとんど差がないようにみえる。ただ実際に受験してみた感想としては、前年のQ4に60点台で不合格だったAUDとREGが、3か月後のQ1にうけるといづれも15点近くアップして合格している。もちろんその期間死に物狂いで勉強したということもある。が、しかし、本当かどうかわからないが個人的には時期によって受験者の質の違い、ひいては受かりやすさの違いがあるのではないかと感じている。

 

Netflixで火花をみて

HuluからNetflixに乗り換えた。一番の理由は『マッドマックス 怒りのデスロード』をみたかったからだ。映画館でみようみようと思っていたら2年近くたってしまった。時間がたつのは早い。『この世界の片隅で』はぎりぎり間に合って映画館でみれた。予想以上にいい映画だった。

最近仕事が暇なせいもあって毎晩のようにNetflixで映画やドラマをみている。気になるものを片っ端から視聴し、5~6本を10分~20分の感覚で切り替えながら見ていく。ツボにはまるものがあればそのまま最後まで視聴する。『舟を編む』、『告白』、『凶悪』、『悪の経典』、『フューリー』はツボにはまった映画だ。

Netflixが『火花』を映像化していることはしっていたがお笑い芸人(ピース又吉さん)が書いた本ということでどうも興味がもてず(お笑いにあまり興味がないため)、特に見ることもなかった。気になるものを一通りみてしまうとなんとなくNetflixをみなくなり、しばらくたってやっぱりもったいないから何かみようと思ったとき、『火花』が目についた。理由は単純で2016年からやっているNHKの朝の連続ドラマ『べっぴんさん』に主人公の娘があこがれるドラマー役ででていた林遣渡さんとワルがいっぱいでてくる私のすきなジャンルの映画で独特の存在感を放つ波岡一喜さんがでていたからだ。林さんも波岡さんもいろんなドラマや映画に登場されていて、画面にいるとどんなに短い時間でも強烈に印象がのこる方たちだ。

2話くらいまではあまり話にのめりこめず、他の映画やドラマと時々切り替えながら平行してみていた。3話からはのめりこんでしまい、10話(最終話)までいっきにみてしまった。ドラマの内容や面白かった点などを書こうとすると、表現力がないためかどうしても陳腐な表現になってしまうのでここでは書かない。ただ一つ言えることは、いろいろなサイトなどで紹介されているあらすじや感想よりもドラマはもっと厚みがあり味わい深く面白いという点だ。お笑い芸人を主人公としたドラマだけれども、胸が苦しくなるような切なさを感じさせてくれる。

舞台に立っていない(何もやっていない)人間が舞台に立っている(何かを表現している)人間を見下したりバカにすることはできない。ドラマをみていてふとそのようなことが頭をよぎった。一生懸命やってもうまくいくこともいかないこともある。うまくいかないことのほうが多いかもしれない。そんなとき舞台にすらたっていない人間がリスクをとって何かを表現しようとしている人たちを小ばかにしたり訳知り顔で失敗の分析をしたりする。自分は安全な場所におりリスクもとらず、ただ他の人が行った行動の結果を分析し批評する。何もやらなければ失敗もしないしリスクもないだろう。ただそういう人たちがリスクをとって何かをやっている人たちを批評することには強い違和感を感じる。このドラマをみたあと何かに挑戦しようとしている人たちに対して以前よりも温かい気持ちをもつようになった気がする。いつも通る道に新しい店ができたり、路上で何かを演説する人たちをみたりすると以前よりも頑張ってほしいと思うようになった。

ドラマの終盤で、売れなかった芸人はすべて無駄だったのか、いやそうじゃないんだ、成功したものも失敗したものもすべてひっくるめてお笑いという舞台に必要だったんだと、波岡さん演じる先輩芸人が話すくだりがある。成功しなければ意味がない。成功したもの以外は無駄だ。確かに正論だ。正論だが、そのような生き方は息苦しくないか。だとしたら100%成功するものしか誰もやらなくなるし、挑戦をして失敗をしたものを蔑むようになる。それは違うとおもう。リスクをとらず何もせずに批評ばかりしている人たちよりも、挑戦をして失敗した人たちのほうが尊敬される社会であってほしい。

何もクリエイティブな職業に限ったことではない。サラリーマンだって無関係ではない。リスクをとらず何もしないよりも、リスクをとってなにかを実現しようとしている人たちはみな表現者だ。新しい技術に挑戦する。新しい企画を提案する。新しい役割に挑戦する。すべてが自己表現ではないだろうか。否定的なことを言ってくる人やバカにする人たちがいるだろう。失敗すればそれみたことかと見下してくるかもしれない。でも、たとえ失敗したとしても何かに挑戦することはリスクを恐れてなにもしないことよりも意義があるのではないか。そんなことを考えさせてくれるドラマだった。

まだお笑いライブには行ったことがないが『火花』をみてライブをみにいってみようとおもった。元気になる気がする。いい意味でお笑いや挑戦することについての考えを変えてくれたドラマだった。

 

コマンドプロンプトのフォントに「MSゴシック」がない

昨日は多摩川大会にいってきた。二子玉川の河川敷に観覧席があり、打ち上げあげられた6000発の花火をビールを片手に間近でみることができた。夏の花火は風情があったいいなあ。

Azureで仮想マシン(Windows10)を作成し、コマンドプロンプトからアプリを実行しようとした。そうしたところ、アプリ配置場所の日本語のフォルダ名が文字化けしてしまっていた。よくみるとMSゴシックも選択できない。chcp 932などを実行してもInvalidなんとかと表示される。

そうしたところ下記解説を発見。

http://wavetalker.blog134.fc2.com/blog-entry-83.html

Azureの仮想マシのコマンドプロンプトはシステムロケールを参照するため、コマンドプロンプトで日本語を使おうとすると、システムロケールの設定変更が必要のよう。

1.[コントロールパネル]→[時計、言語、及び地域]→[地域]を選択してダイアログを開いて[管理]タブを選択。
2.[管理]タブにて「システムロケールの変更」をクリックして「現在のシステムロケール」のプルダウンから「日本語」を選択

お使いの資格情報は機能しませんでした

ここのところずっとMicrosoft Azureに夢中になっている。会社が買ってくれたMSDNアカウントがあるため、1,5000円程度の無料クレジットでいろいろ試すことができるからだ。

先日、学習ガイドに頼らず、自分で初めて仮想マシンを作ってみた。作成までは5分もかからずに作成できたが、リモートデスクトップで接続しようとすると「お使いの資格情報は機能しませんでした」というメッセージが繰り返し現れる。ユーザー名・パスワードを間違ったのかもしれないと思い、PowerShellをつかってユーザー名・パスワードをリセットするも、やはりうまくログインすることができない・・・。2時間くらいあれこれ悩んでわかったのが、ログインのときドメイン名が"MicrosoftAccount"になっていたことだった。わかってみると簡単な理由だった・・・。ここを作成した仮想PCのホスト名に変更し、ログイン時のユーザー名を"ホスト名¥ユーザー名"にすることで無事にリモートデスクトップ接続ができた。

 

 

 

 

Apple Musicを使ってみて

Music Unlimitedがサービスを停止して以来ずっと音楽のない生活が続いていた。通勤時間や昼休み時間に音楽を聴きながら本を読むというサイクルが定着していたのだが、急に音楽だけがなくなった。しばらくは苦痛だったが2~3か月もすればなれてしまい、ここ最近は音楽のない生活を送っていた。そしてそのことに疑問も感じなくなっていた。

そうした中、Line MusicやApple Musicといった音楽定額配信サービスが立て続けに発表された。とりあえずApple Musicを使ってみる。いくつかアーティスト名や曲名を検索し、昔よくきいていたアーティストのアルバムを再生するとイヤフォンやスピーカー(BluetoothiPhoneを接続)から心地よい音や懐かしい音が流れてくる。このときの感覚をどのように表現していいかわからないが、例えるならば白と黒のモノクロの世界が急にフルカラーの正解になったような感覚だろうか。しばらく使っていなかった感性や感覚が刺激され心の中がどんどんと研ぎ澄まされていく。

こういう人生にインパクトのあるITサービスがどんどん増えてきた。実生活を根底から変えてしまう可能性のあるガジェットやアプリが今後もたくさんでてくるのだろう。余談だがApple Musicを利用するようになってAppleWachが大活躍するようになった。家でiPhoneをスピーカーにつないで音楽を再生しているときや電車の中で、都度、iPhoneを取り出してボリューム調整や曲送りをしないでいいからだ。Apple Watchでそれらの操作が手元でできる。