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老後について考えてみた

暇そうに新聞をよみ、毎日定時に帰宅している年配の先輩方をみていると、ときどきそういえば定年って何歳だったっけなどという疑問が頭をよぎることがある。先日、時間があったので入社したときに渡されて以来一度も目を通していなかった就業規則なるものに目を通してみた。そこには60歳で定年になると書いてあった。冷静に考えてみるともうすぐ40歳になるということは、会社がいままでどおり存続しているという前提で定年まで残り20年弱か。うーん、このままここに20年いて、60歳になって組織の外に放り出されたらいったいどうなるのだろう。生きていけるのだろうか。平均寿命が80歳とかいっている昨今、60歳で無職になったあとも20年近く(しかも体が弱った状態で)、サバイブしなければいけないわけで、それは結構大変なことなのではなないか。60歳になっても働いていけるような何かを今のうちから身に着けていかなければ結構厳しいのではないかなどと、つらつらと考えているとあっという間に夜中になり、今日も非生産的な一日だったなどと後悔をしていたら、以下のような記事をインターネットでみつけた。

悲惨な老後(老後破産)から抜け出そう

http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/sj/15/150237/041600010/?P=1

高齢者世帯の4割が老後破産状態にあるという内容で、定年時にある程度貯蓄がある人たちでも老後破産になる危険性があるとのこと。医療費や子供の借金など想定外の出費がかさなり、徐々に破産状態になってしまうよう。我々の世代が高齢者になったときは全人口の4割とか5割とかが老人になるといわれているわけで、現状でこのような状態ということは、将来的にはもっとひどくなるのではないだろうか。オリンピックがおわったあたりから急速に世の中が暗くなっていきそうだなあ。

Apple Watchを使ってみて

30歳の半ばを迎えようとしていた4年ほど前に突如なにかを表現をしなければいけないと思い立った。とはいえ、それほど大そうなものを考えていたわけではなく、日々思ったことを毎週ブログなどで更新できればなどとぼんやりと考えていた。以降、毎年のようにブログを定期的に更新しようとしているのだけれども、いつも2~3回、短いときは1回更新しただけで終わってしまう。生まれついての怠惰、根気のなさに由来するのだと思うのだけれども、もうすぐ40歳になるわけでもう一度再開してみようとおもう。

先日、Appple Watchが届いた。妻に内緒で先々週末に衝動買いしたものだ。配送までに3週間かかるとApple Storeにあったので、先に注文しておいて6月のボーナスで買ったなどと説明しようとしていたが予想外に早く届いてしまった。Apple Storeで注文をした直後はもう少し世間の反応をまってから買ったほうがよかったのではないかなどという不安が頭をよぎったが、実際に届いてみると買ってよかったという気持ちでいっぱいになる。Apple製品の購入は他の電化製品の購入とはひとあじ違う感覚がある。製品の購入というよりも、なにか時代の雰囲気のようなものを購入しているような感覚だ。

さっそく腕にまいてみたが使い方がよくわからない。iPhoneとペアリングという作業をする必要があるようだ。説明書を読むとApple Watchを近づけるとiPhone側でペアリング中と表示されるようだが、iPhone側では一向になにも表示されない。あれやこれやと思案したあげく、iPhoneiOSのバージョンが古いことに気が付いた。Apple WatchはiOS 8.2以上じゃないとペアリングできないみたい・・・。

ここ3日ほどApple Watchをつかってみて気づいたことは、iPhoneのときにまったく利用していなかったSiriをよく使うようになったことだ。Apple Watchに「Hey, Siri」と呼びかけると「何かご用ですか」という文字が浮かび上がる。すかさず「10分後にアラーム」と日本語で伝えると自動的にアラームをセットしてくれる。このちょっとした機能がすごく便利だ。料理をつくっている最中など手をはなせないときに5分や10分といった時間を計測したいことがままある。そのときにこの機能は感動するくらい便利だった。最初は「Hey, Siri」と呼びかけてまったく反応してくれず、寂しい思いをしていたが、なんども呼びかけているうちにかなりの確率で反応してくれるようになった。これは腕時計の主の声を学習しているのだろうか。

まだわからないことだらけのApple Watchだけれども、利用開始から3日にしてなんだか愛着がわいてきた。

Music Unlimitedを使ってみて

知り合いがライブハウスでライブをおこなうというので、久しぶりに吉祥寺にいってきた。振り返れば30をとうに過ぎ40を迎えようとしているが、ライブハウスというものにいくのは初めてだった。入り口がやけに狭く地下に向かって階段がつづいている。なんとなくこういう場所をおりていくのは苦手だが他に入り口はなさそうだから仕方がない。受付で入場料をはらうとチケットとギターのピックを渡される。用途をきくとピックはドリンクと交換できるのだという。そういう仕組みなのか。金庫にでもついていそうな、いかついドアノブをまわしドアをあけると耳をつんざくような轟音がドアの隙間から聞こえてきた。生きて帰れるのだろうか・・・。

なかに入ると暗闇の中、50人もはいればいっぱいになりそうなスペースに複数の人影がちらほらとみえる。客席から手がとどきそうなステージ上では一回りは年齢が違うであろう若者たちがギターやドラムを演奏し、轟音でよく聞き取れないがなにかのメッセージを懸命に伝えようとしている。ドリンクバーらしきところで受付でわたされたピックを渡し、引き換えにビールをもらう。ビールを飲みながらステージ上の若者たちに視線をおくる。何やら熱いものがこみ上げてくる。この感覚。なんだろう。丸の内の小奇麗なオフィスなどでは決して感じることのできない圧倒的な熱量を、ステージ上の若者たちから感じる。音楽っていいなあ。

だいぶ前置きが長くなった。最近、SonyのMusic Unlimitedというアプリを気に入っている。月額1000円かかるが、ほぼ無限ともいっていいくらいの音楽を聴くことができる。邦楽があまりないのが残念だが、洋楽はなんでもある。中学生のころによく聞いたオジーオズボーンとかガンズアンドローゼスなんかを検索してもちゃんとでてくる。大学生のころにきいていたMogwaiやトータス、RadioHeadなんかも何十アルバムもでてくる。検索しているだけで1~2時間たってしまうことがよくある。自分の好きなアーティストをきいている人がよくきいている音楽をランダムに拾ってくれるマイチャンネル機能も秀逸だ。自分が知っているアーティストから数珠つなぎのように次々と自分の好きな音楽を奏でるアーティストがみつかる。最近はMogiwaiチャンネルを通してみつけたKeith KeniffやBrian Enoがお気に入りだ。聞き放題なのでなんのリスクもなくいろんな音楽にチャレンジでき、自分のなかの音楽の裾野が広がっているきもする。思えば中学生のころは大変だった。1枚のアルバムが3,000円くらいするので1枚のアルバムを買うのは5ヶ月ぶんのお小遣いを投資するようなものだった。だから試しに買ってきいてみるなんてことはできないし、いちど好きな音楽の方向性がきまってしまうとそこからなかなか広がらなかった。買ったアルバムがいまいちだったときなど1ヶ月くらい後悔したものだ。定額サービスをつかえば、そうしたリスクを一切負うことなくいろんな音楽にチャレンジできる。Music Unlimitedを使い始めてから半年くらいたつが、いまではラップとかボサノバとかも聴くようになった。見た目はメガネをかけた中年のさえないオッサンだが最近はラップをききながら出勤している。ちなみに外国だとSpotifyという音楽定額サービスが有名らしい。日本ではまだサービスを提供していないみたい。

音楽に限らず定額サービスが徐々に定着してきている気がする。Huluなんかは映画やドラマが見放題だし、Amazonはこんど書籍の定額サービスを開始するらしい。スマートフォンタブレット端末が普及しネットワークの通信速度が劇的に向上している。いつでもどこでも好きなときに膨大な量の情報にアクセスできる環境が整いつつある。膨大な情報を整理し組み合わせ新しい価値を生みだす。キュレーションというそうだが、そのような能力が今後重要になっていくのかもしれない。