Netflixで火花をみて

HuluからNetflixに乗り換えた。一番の理由は『マッドマックス 怒りのデスロード』をみたかったからだ。映画館でみようみようと思っていたら2年近くたってしまった。時間がたつのは早い。『この世界の片隅で』はぎりぎり間に合って映画館でみれた。予想以上にいい映画だった。

最近仕事が暇なせいもあって毎晩のようにNetflixで映画やドラマをみている。気になるものを片っ端から視聴し、5~6本を10分~20分の感覚で切り替えながら見ていく。ツボにはまるものがあればそのまま最後まで視聴する。『舟を編む』、『告白』、『凶悪』、『悪の経典』、『フューリー』はツボにはまった映画だ。

Netflixが『火花』を映像化していることはしっていたがお笑い芸人(ピース又吉さん)が書いた本ということでどうも興味がもてず(お笑いにあまり興味がないため)、特に見ることもなかった。気になるものを一通りみてしまうとなんとなくNetflixをみなくなり、しばらくたってやっぱりもったいないから何かみようと思ったとき、『火花』が目についた。理由は単純で2016年からやっているNHKの朝の連続ドラマ『べっぴんさん』に主人公の娘があこがれるドラマー役ででていた林遣渡さんとワルがいっぱいでてくる私のすきなジャンルの映画で独特の存在感を放つ波岡一喜さんがでていたからだ。林さんも波岡さんもいろんなドラマや映画に登場されていて、画面にいるとどんなに短い時間でも強烈に印象がのこる方たちだ。

2話くらいまではあまり話にのめりこめず、他の映画やドラマと時々切り替えながら平行してみていた。3話からはのめりこんでしまい、10話(最終話)までいっきにみてしまった。ドラマの内容や面白かった点などを書こうとすると、表現力がないためかどうしても陳腐な表現になってしまうのでここでは書かない。ただ一つ言えることは、いろいろなサイトなどで紹介されているあらすじや感想よりもドラマはもっと厚みがあり味わい深く面白いという点だ。お笑い芸人を主人公としたドラマだけれども、胸が苦しくなるような切なさを感じさせてくれる。

舞台に立っていない(何もやっていない)人間が舞台に立っている(何かを表現している)人間を見下したりバカにすることはできない。ドラマをみていてふとそのようなことが頭をよぎった。一生懸命やってもうまくいくこともいかないこともある。うまくいかないことのほうが多いかもしれない。そんなとき舞台にすらたっていない人間がリスクをとって何かを表現しようとしている人たちを小ばかにしたり訳知り顔で失敗の分析をしたりする。自分は安全な場所におりリスクもとらず、ただ他の人が行った行動の結果を分析し批評する。何もやらなければ失敗もしないしリスクもないだろう。ただそういう人たちがリスクをとって何かをやっている人たちを批評することには強い違和感を感じる。このドラマをみたあと何かに挑戦しようとしている人たちに対して以前よりも温かい気持ちをもつようになった気がする。いつも通る道に新しい店ができたり、路上で何かを演説する人たちをみたりすると以前よりも頑張ってほしいと思うようになった。

ドラマの終盤で、売れなかった芸人はすべて無駄だったのか、いやそうじゃないんだ、成功したものも失敗したものもすべてひっくるめてお笑いという舞台に必要だったんだと、波岡さん演じる先輩芸人が話すくだりがある。成功しなければ意味がない。成功したもの以外は無駄だ。確かに正論だ。正論だが、そのような生き方は息苦しくないか。だとしたら100%成功するものしか誰もやらなくなるし、挑戦をして失敗をしたものを蔑むようになる。それは違うとおもう。リスクをとらず何もせずに批評ばかりしている人たちよりも、挑戦をして失敗した人たちのほうが尊敬される社会であってほしい。

何もクリエイティブな職業に限ったことではない。サラリーマンだって無関係ではない。リスクをとらず何もしないよりも、リスクをとってなにかを実現しようとしている人たちはみな表現者だ。新しい技術に挑戦する。新しい企画を提案する。新しい役割に挑戦する。すべてが自己表現ではないだろうか。否定的なことを言ってくる人やバカにする人たちがいるだろう。失敗すればそれみたことかと見下してくるかもしれない。でも、たとえ失敗したとしても何かに挑戦することはリスクを恐れてなにもしないことよりも意義があるのではないか。そんなことを考えさせてくれるドラマだった。

まだお笑いライブには行ったことがないが『火花』をみてライブをみにいってみようとおもった。元気になる気がする。いい意味でお笑いや挑戦することについての考えを変えてくれたドラマだった。