『未来の年表』を読んでみた。

一週間に6万歩歩くことを目標にしている。最初は1日に1万歩を目標としていた。していたが、1日に1万歩あるくのは難しかったため、1週間に6万歩とした。体調や気候、その日の気分などで歩く距離は変わる。1週間単位で目標を設定すると調整がしやすい。1週間に6万歩でも歩こうとするとそれなりに努力を要する。ちょっとした距離の移動は歩数を稼ぐために歩くようになった。普段歩かないところを歩くといろいろな発見がある。街に詳しくなる。それはそれで楽しい。ただ、いろいろな場所を歩くと階段や坂道などで息があがることが多くなったことに気が付く。加齢とともにじわじわと体力がなくなりつつあるのだろう。

未来の年表』という本をよんだ。現状の出生率をもとに今後50年で日本に起こるであろう事態を予測した本だ。これから生まれる子供の数は不明だが、すでに生まれている子供の数は確定している。そのため、今後、数十年の日本の人口の年齢構成はすでに確定しているといえる。その事実に基づいた予測であり議論として興味深い。

今後日本の人口はどんどん減っていく。総務省の統計によると、2060年には人口が8,600万人になると予測されている。ただ減るだけではない。高齢化も進み、65歳以上人口の割合が2015年は27%程度だったのが、2060年には40%程度になると予想されている。統計情報はないが、高齢化の定義を60歳以上にすると50%近くになるのではないか。高齢者が増えると、孤独死認知症、介護、医療、年金などの社会問題が深刻になる。アパートやマンションの1室で孤独死する人が増え、認知症の老人が街を徘徊する。介護施設は常に満員で入れなくなり、医者は不足し医療費は高騰する。受け取る人数のほうが多くなるわけだから年金はほとんどもらえなくなるだろう。全人口の半数近くを占めることになる高齢者は定年後も労働力として働かされることになる。

未来の年表には明るい要素が一つもない。一つもないが、現実を見据え早く手を打たないといけない。家族を持たない高齢者が増える以上、孤独死認知症は社会の仕組みとしてサポートする必要がある。介護についても介護施設の不足や労働者の不足は今から予見できるわけだから国レベルでの対策が必要あろう。医療についても高齢者に特化した病院を増やしたり、医師を増やす必要があるのでないか。定年という概念が事実上なくなるのであれば、年金の支給方法や会社での働き方についても大幅な見直しが必要となるだろう。いづれも莫大なお金がかかるわけだから、どう考えても増税は不可避だろうし、また増税するからには使途を明確にし納得感のある使い方が当然求められる。これから生まれる子供たちの負担を減らすためには、今のうちに社会をスリムにし、少子高齢化に耐えうるインフラを整備するしかないのだろうと思う。

一方で、本の中の未来の予測は現在の社会や産業構造を前提とした場合の予測でテクノロジーの進化などの影響が小さく見積もられているようにも感じた。現在、第四次産業革命ともいわれている。プライバシーの問題もあるが、一人暮らしの高齢者にはセンサーの設置やウェアラブルバイスの装着などを義務付ければ現状でも孤独死の数は大幅に減らせるだろうし、認知症についても今後医療が発展すれば直す方法や予防方法が見つかる可能性は大いにある。複雑な会話や動作が可能なロボットが普及すれば介護をする家族の負担を減らせるだろうし、人手不足も緩和するだろう。医療についてもAIをつかった診断やロボットによる治療の研究が進んでいると聞く。自動運転やドローンといった技術は現在の物流の在り方を根底から変えるだろう。20年前はまだインターネットを使っている人はほとんどいなかった。ほんの10年前は誰もスマホを使っていなかった。10年後、20年後の社会では今懸念されているようなことが問題ではなくなっている可能性も大いにあると思う。急速に進化するテクノロジーを使い、これから直面する問題をどうやって解決するかを考えることもこれから重要になるのだろう。